「アーウィン、あなたは人間なのですよ」
(by ジエニーダ)

アーウィンと育ての親の物語 ...あらすじ...

ジエニーダは、ガトの慈善事業の一環である孤児院を切り盛りしている修道女である。
ある日、寺院の入口に置き去りにされた赤子がいた。捨て子である。
籠の中ですやすやと眠る赤ん坊からは人外のものである角が生えていた。この人間界ではあまり見かけない悪魔のシンボルである。
しかし、この籠に添えられていた手紙に寄ると、この赤ん坊は悪魔と人間の間(あい)の子ということだった。
どこで生まれたのか、また誰によってここに置き去られたのかは謎であり、また、誰もあえて追求しようとしなかった。
人間と悪魔のハーフであるこの赤子を自分の腕に抱き取った時、ジエニーダは『この子を人間として育てよう』と決意する。
聖地ゆえ悪魔への風当たりもきついガトにおいて、アーウィンの居場所を確立しようとジエニーダは努力し続ける。
しかし、自分の中に流れる悪魔の血を周囲から中傷されることもあったアーウィンに対して人間であることを教え込もうとする行為は、実はアーウィンの精神を追いつめることに外ならなかった。
悪魔呼ばわりされながらも一方で『人間であれ』と言われたアーウィンは、ずっと葛藤し続けることになる。
己の中に確かに流れる“悪魔”の血をどう受け止め、どう自分なりに納得するべきか。

ジエニーダに悪気は全くない。彼女なりにアーウィンを“まとも”に育て上げようとし、またアーウィンを悪魔扱いする周囲と彼女との間の軋轢も絶えなかった。
しかし、彼女に、悪魔であることも含めてアーウィンをまるごと受け入れる器がなかったことが結局は悲劇を生み出すこととなった。
己の持つ特別な力…悪魔としての力をジエニーダに「使ってはいけません」と諭され、育ての親すらも自分を真に受け入れてくれないことに絶望したアーウィンは次第に心を閉ざすようになる。
ジエニーダから“人間”であることを強いられ、それに対してずっと反撥を感じ続けてきたアーウィンだが、人間たれと教えた彼女なりの愛情も理解していたアーウィンは、表向きはずっと大人しくしている。少なくとも、彼を悪魔呼ばわりする人々の言葉や表情に見えかくれする醜い悪意は、ジエニーダからは全く感じ取れなかったからだ。

年月が流れるにしたがい、幼い頃は無邪気にたわむれていた幼なじみ達も大人達の思考に染まり始め、アーウィンに対して『悪魔の血が流れている奴』という見方をするようになってしまう。
その中でなぜか自分を慕ってくるマチルダに、悪魔とか人間という範疇を越えた素の自分を好いてくれていることを感じ取り、とまどう。
母親である前に孤児達の教育者であったジエニーダに育てられたアーウィンは、見返りも教訓的意味合いも何も含まないストレートな愛情を受けたことがなく、そもそも“愛”という概念を理解していなかった。
この奇妙な感情は、その後もずっと彼を悩ませ、ルシェイメアが墜ちた後までもずっと彼をとまどわせ続けることになる。けれど、それは不思議と不快な感情ではなかった。

当時、自分を“悪魔”呼ばわりして差別をする人々に嫌気がさし始めていたアーウィンは、悪魔というだけで差別をする人間という種族へのいら立ちと憎しみが芽生え始めていた。
誰もがアーウィンを差別したわけではなかったが、あのジエニーダでさえも、アーウィンの中の“悪魔”性を打ち消そうと必死になっており、“悪魔”という存在や概念をただ盲目に否定する人間への嫌悪感は増すばかりだった。
数に物を言わせて差別したことも彼には腹立たしかったが、それよりも、ただ“悪魔”というだけで見境もなしに“悪”として否定する人間の愚かしさへの失望と怒りの方が大きかった。
彼は、自分の中の悪魔の血を受け入れたというよりはむしろ、人間の愚かしさや醜さを嫌悪し、そんな彼らと対立する概念だと思われた“悪魔”であることを選ぶことで、人間との離別を図った。
自分達に持ち得ない力を持つ種族を悪者にし、封じて追いつめようとする。もはや、アーウィンの目には、人間は他者をつまらない概念で差別して封じ込める醜い存在としか映らなかった。

また、自分に心を寄せてきているマチルダが司祭を継ぐことを嫌がっていることを知り、嫌がる者に自分達の都合で無理矢理言うことを聞かせようとする人間に対してまた嫌悪感が増す。
自身もジエニーダから人間であることを強いられ、かなり窮屈な思いをしていたアーウィンは、マチルダの立場に強い共感を覚え、ついに“家出”という反抗に出ることを決意する。
次期司祭の家出というセンセーショナルな事件を起こすことでここの人間達に打撃を与えられるという、それだけの理由で彼はマチルダに協力を申し出る。
けれど、その底にはマチルダへの想いがあり、苦しむ彼女をなんとかしてやりたいという純粋な気持ちが含まれていた。しかし、その感情を理解できていないアーウィンは、彼女に協力することで大人達をあっと言わせ、溜飲を下すことが目的なのだと自分を無理矢理納得させようとする。
人間を否定しようとしているアーウィンにとって、このような人間的感情は理解しがたく、また自分でも認めたくないものであった。
この葛藤が、後の鉱山での「俺はお前を食らいつくしたいだけさ」という言葉に繋がる。
悪魔だろうと恋はするし、愛情も持つ。けれど、人間への嫌悪感が大きすぎた彼にとって、いわゆる人間らしさというものは理解の対象外であり、自分の中に残っている人間の血の名残りだと自分をだましだまししつつ、今後も突き進むことになる。
また、付け加えるならば、ジエニーダの教育方針に反撥を覚えながらもずっと大人しくしていた理由の一つに、彼女からの愛情を理屈ではなく肌で感じていたこと、そして彼自身もまたジエニーダに対してある種の愛情を抱いていたことも挙げられる。
自分をまるごと受け入れてくれはしなかったものの、他の人の差別から自分を守ろうとする姿を見て育ったアーウィンの心の中では特別な位置を占めた女性であったのだ。
その気になればジエニーダの制約など簡単に破ることができたし、子供ながら既に一般人を簡単に殺めることのできる力を持つアーウィンがずっと大人しくしていたのは、この女性への想いがあったためだった。
けれど、マチルダへの想いは多少の自覚があったものの、この育ての親への想いは結局最後まで自覚することがなかった。
「アーウィン、あなたは人間なのですよ」
この言葉がずっと枷になっていたためであろう。
お互い、特別な存在となりえるはずでありながら、結局は最後までお互いを理解し合えずにこの義理の親子は離別することになる。

そして、物語は鉱山の悲劇へと連なる。

ここまで読んで下さった方、ありがとうございます…。
これは、昔アーウィンの半生を小説にしたいと考えたことがあり、その頃頭の中で練り上げたものです。
しかし、いざ小説化しようとして見事に挫折し、一年以上も頭の中で眠っていた設定です。
今でも、これを上手く小説化する自信がありません。
しかし、ずっと頭の中でこの設定がうずまいているので、いっそのこと、語りとして出してしまおうとした次第です。
とりあえず、これはアーウィンへの愛の産物です。
愛ゆえの語りなので、妄想や暴走が多分に交じっているかと思いますが、ご容赦を…。

[ 雑記 ]