11題

聖剣伝説LOMが発売してから五年が経ちました。
ささやかな、ファ・ディールの誕生祭。

ファ・ディールの住民に11のお題

01:懐かしい歌
02:ランプ
03:墓
04:ヒナ
05:石の名
06:きょうだい  (04/09/12)
07:工芸品    (04/08/14) ※オリジナル設定あり
08:炎
09:人形
10:樽
11:こまけだら

[ お題配布所 ]

06:きょうだい

 レディパールの話を聞いている内に、コロナは忘れていたものを思い出した。

 恐怖。自分の存在意義がないこと。

 かつて、父と母が事故で死んだ。そして、弟のせいで姉弟ともども魔法学園を出る羽目になった。
 よくあることなのかもしれない。あの黒真珠の騎士が今までにたどってきた過酷な運命に比べたら、本当にちゃちな出来事。
 だけど。
 当たり前のように通っていた学園。一日の始まりと終わりがあった家。両親の元。
 宿題でひーひー言ったこともあるし、だから休日は学校がなくて幸せだった。
 おっかない先生もつまらない先生もいたけれど、でも、それでも学校は楽しかった。おそろいのローブを着た友達でにぎわうあの雰囲気は今でも忘れられない。先生だって、本当に嫌いな人はいなかった。今思うと。
 家にはいつもお父さんとお母さんがいて、バドがいたずらばっかりで、時には喧嘩もしたし、お母さんはそんな時怒り、お父さんは悲しそうな顔をしてた。
 病気の時に添い寝をしてくれたお母さんの温もり。いい点が取れた時に頭をなでてくれたお父さんの大きな手。
 ずっと続くと思っていた。終わりが来るなんて思ったこと、なかった。

 魔法の実験が失敗したのだそうだ。

「あなた達は無事だったのね、よかった…」とある人に言われた。
 何がよかったのか全然意味がわからなかった。どこがよかったの? 今でもわからない。わかりたくない。
 お父さんとお母さんはもう、この世にいない。
 そのことを心底実感したのは、朝起こしにくる温かな声と手がなくて、「起きたか、おちびちゃんたち。おはよう!」といういつもの食卓での挨拶がなかった時。
 悪い夢を見ているんだと思った。でも、ベッドにずっと縮こまっていても、「いい加減に起きなさい!」という声も手もやってこなかった。食卓は空家のようにしーんと静まり返っていた。
 起こされないことが、こんなに辛いなんて思わなかった。起きるのが辛いことはいくらでもあったけれど。
 あの朝が、二人きりの生活の始まりだった。

 親がいなくなったから、二人とも魔法学園の寮に入ることになった。
 けれど、間もなくバドが問題を起こし、結局学園からも出ることになってしまった。

 あの時。

 居場所がないことがどれほど怖いか、初めて知った。
 当たり前のように出かけていた場所が突然なくなり、当然のように帰っていた場所も今はない。
 足元がガラガラと崩れていくような気がした。
 どこへ行けばいいのか。どこへ戻ればいいのか。
 世界は広すぎた。
 誰かに、ここにいなさいと言われたかった。ああしなさい、こうしなさい、と指示されたかった。
 いてもいいよ、と認められたかった。誰か。どうか。

 でも、そんな人はいなかった。

「ドミナへ行ってみるか!」というバドのお気楽なセリフが、信じられないほど胸に暖かく沁みた。
 多分、バドも不安だったのだと思う。
 学園を出る羽目になったのも、わざとではないかとたまに思うことがある。
 あの街にはいろんな思い出があり過ぎるから。
 でも、バドには尋ねたことはないし、多分、これからも尋ねることはないと思う。
 一緒にいる。それだけで十分。

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07:工芸品

 いつもの個室に戻り、マチルダはゆるゆると椅子に腰かけた。
 つき添ってきた修道女達は、彼女が座るとそそくさと部屋を出ていく。
 マチルダは静かに、けれど大きく息をついた。
 身にまとった喪服が、窮屈だった。
 仕立てが合わないのだ。しかし、それも仕方のないことだったかもしれない。
 彼女は、他人が一つ年を取る間にその何倍もの早さで年を取っていた。
 そして、それにつれて体型も急激に変化していた。
 そっと、喪服の胸元に手をやる。
 そこに満ちていたのは、亡き人を悼む悲しみではなく、日陰のような淡い諦観だった。
 マチルダが次期司祭の資格を実質上失っていても、全てはあるべき方向へと突き進んでゆく。

 昨日、司祭が身罷られた。
 マチルダがアーウィンに精霊力を奪われてから、二年が経っていた。
 むしろ、今までよく持った方かもしれない。
 次期司祭であるマチルダが精霊力を失ったことを知った時、現司祭は倒れてしまった。
 マチルダは、一族最後の精霊力の持ち主だったのだ。
 彼女の両親も既に亡くなっており、伯母である現司祭がもはや子どもを成せない体である以上、一族の存続は絶望的だった。
 今まで大切に育てられてきたマチルダの扱いは、その日を境にがらりと変わってしまった。
 表立って周囲の態度が変わることはなかったが、悪魔に魅入られたと誹る声や、これから自分達はどうなるのかと嘆く声は、容易にマチルダの耳にも届いた。
 ただ一人、ダナエだけが周囲の者達の豹変に腹を立て、マチルダの精霊力を回復する方法を求めて書物をあさったりしていた。
 そんなダナエを嬉しく見守りながらも、マチルダは、海のような果てのない諦観の中に、ひっそりと身を沈めていた。

 アーウィンが受けてきた屈辱は、こんなものではなかった。
 悪魔の血を引いているというだけで、彼は、いわれのない差別を受け続けてきたのだ。
 それに比べたら、今の自分の苦境などものの数の内にも入らない。

 あの日以来、急激に風当たりの強くなった自分の立場をふり返りながら、マチルダはアーウィンの辛苦を思う。
 精霊力を失ったにも関わらず、マチルダが次期司祭に据えられたままなのは、他に適当な候補者がいないからだ。
 修道女達はマチルダが次期司祭であることに不満を持ちながら、誰一人、現状を打破しようとはしなかった。
 そして喪が明ける日、マチルダの司祭の就任式が執り行われる。
 アーウィンがもしこのありさまを知ったら、きっと人間達への怒りをまた吐き捨てるのだろう。
 そう思い、マチルダは頬に微かな笑みを浮かべた。

 アーウィン。人間って、弱い生き物よ。
 あなたが私の精霊力を奪ってくれたから、わかってしまった。
 弱いから、何かにすがりたくなる。
 だから、なにがなんでも司祭の世襲制度を崩したくない。
 弱いから、悪魔を恐れる。
 だから、悪魔を差別することで自分達を優位に置いて、身を守ろうとする。

 人間をゆるして、とは言わない。
 人間は、あなたにひどいことをしてきたのだから。
 でも、私は彼女達の支えとなるために、司祭になるわ。
 彼女達も、私と同じ、弱い人間だと気づいてしまったから。
 強要されたからじゃない。逃げる力がないからじゃない。
 私の意志で、私は司祭になります。
 私を連れ出そうとしてくれて、ありがとう。

 ふとマチルダは何かを思い出したかのように顔を上げ、部屋の隅にあるタンスに近づいた。
 上から二番目の引き出しから、ブローチを取り出す。
 細やかな細工だった。金色の二人の人間が、中央の大きな宝石を支えている姿に象られている。
 それは、マチルダが今は亡き司祭から受け継いだものだった。
 精霊力をなくしてしまった今、彼女が司祭候補として持っている財産は、そのブローチだけであった。
(おかしなものね……こんなものだけが、残ってしまった)
 そう思い、苦笑するが、そのブローチのきらめきは変わらなかった。
 ハロ家はいにしえから続いてきた家柄である。代々伝わってきたそのブローチも、なにか特別な力を秘めたものなのであろう。
 けれど、マチルダはブローチの由来には興味がなかった。
 ただ、それは愛の象徴であるということだけは覚えている。

 愛。
 それはマチルダにとって、胸の内に灯った炎のことだった。
 自分を連れ出そうとしてくれた、燃えるように赤い髪の少年。
 その少年がいなくなった今も、少年がくれたその炎は、ずっと彼女の内で燃え盛っている。
 だから、彼女には、そのブローチの力は必要なかった。

 しばし思い出に耽った後、マチルダはそのブローチをまた引き出しに戻した。
 パタン、と引き出しが閉められると、ブローチは再び暗闇の中に埋没した。

 愛のブローチは、引き出しの隅で、愛を束ね紡いでゆく者の手によって解放される日を静かに待っている。

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