《語り部》の唄 〜影と煌めき〜

その時マナの木を包み込んだ炎は
天をも焦がし
ファ・ディール全域を
罪の色で赤々と照らし出した

心ある者は
その色彩の禍々しさにおびえ
暗黒の時代を予感し
心無き者は
資源たるマナの根源が失われたことに
苦い舌打ちをした

そして
燃え尽きた聖なる木は
さらさらと崩れ落ちていった
音もなく


 それは
 生けとし生きるものらが
 愛を見失った瞬間でもあった


豊かな大地の数々が
アーティファクトの中に
還ってゆき
人々の記憶からも
マナの木の存在は消えてゆき
いつしかただの昔物語に成り下がった

人々の虚ろな心は
夢の世界をも侵食し
澱みは果てしなく
現実世界に流出し続けた

そして
多くの影が生まれた

しかしまた
かすかな煌めきも未だ消えてはいなかった

影が世界に蔓延し
絶望に支配されそうなファ・ディールの中で
煌めき達は
闇夜の星々のように
ひっそりとまたたいていた

ともすると影に飲み込まれるかに見えて
その煌めきは
時にふっと再び力強さを取り戻していた

煌めき達は
喘ぐかのようにかすかに瞬き続け
そして
いつしか一つの光を生み出した

光は当初
一つの点に過ぎなかった

光は自分が生まれたことに気づき
そして己の存在を確認した
その瞬間から
光はまたたく煌めき達を
席巻し始めた
最初は緩やかに
徐々にその勢いを増して

点だった光は
いつしか光る玉となり
時に翳りを見せながらも
飽くことなく
その手を広げ続けた

そして
その光る塊は
時に暗闇を押しのけさえ
するようになった

光は
現実世界だけではなく
夢の世界にも侵入した
夢の世界の小暗い帳(とばり)
唐突にはねのけられた

世界に凝(こご)っていた
虚ろな闇は
いつしか
淡い薄墨色に変わっていた

煌めき達が紡ぎ出した
一筋の光は
今や
かつての聖なる木の残骸の元に
辿り着き

そして
己自身の痛みを以て
闇を貫いた

闇の断末魔は
世界を覆う影を突き破り
まばゆい光の洪水が
ほとばしり出た

世界は一瞬無色になった

そして
人々は暖かなものを
思い出した

豊かな色彩の洪水の後には
アーティファクトから蘇った晴れやかな大地と
笑いさざめく人々の姿があった


 人は今や
 ぬくもりを取り戻した
 その名は『愛』


そして
煌めき達を呑み込み
吸収して
ついに暗闇を突き抜けた光は
『英雄』と呼ばれた

英雄は人だった
ゆくもりも痛みも
喜びも悲しみも知る
一人の人間であった

女神の愛し子らよ
大きく揺れ動き
変わりゆく世界を
その生涯をかけて慈しめ
己自身を慈しめ


どんな暗闇でも淘汰すること能わない輝きを
人は『愛』と呼ぶ

英雄は、光そのもの。光とは、愛。
それは正義ではなく、ましてや、女神の特権でもない。
すべての生けとし生きるものらが持つ、ささやかで時に鋭いきらめきを放つもの。
英雄は、人に望まれて生まれいで、人として人の生み出した闇を貫く。
そして、その光を生み出したのは、愛を秘めた、無数の民草。
人は、愛によって繋がれている。

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