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* 断章 *

ここは、文章の端切れ──すなわち『断章』置き場です。
題名は二字熟語、中身は聖剣伝説LOMがメインになる予定。
* 予兆(聖剣伝説3) 2005/01/15
* 黒影(ブロスコミックス5巻) 2004/08/21
* 一歩(聖剣伝説3) 2004/07/24(初出:02/11/28)
* 予兆(聖剣伝説3)
 表からかすかに聞こえてくる歓声に気づくと、司祭はペンを置いて立ち上がった。
 どうやら、また孫が弟子に迷惑をかけているようだな…そう思いながら、彼は扉に手をかけた。

 ぎぃ、と己の体と同じように鈍くきしむ音を立てながら扉が開いた先には──光があふれていた。
 まばゆい日差しの元で、はずむように駆け回っている幼い容姿の少女と、それを懸命に追いかける若い弟子の姿に、司祭は思わず、ここは天国だろうかと目を疑ってしまう。
 その錯覚はほんの一瞬のことだったが、現実に立ち返った後も、その思いはなお司祭の胸をきりりとしめつけてくる。
 ──もし、息子が無事でいたなら、あれは父と娘のたわむれる…。
 ふいにわいた考えを、馬鹿な、と打ち消して脳裏から振り落とす。
 息子がエルフの女性と結ばれたからこそ、あの少女はこの世に生まれいで、そして、息子達は逝ったのだ。
 仮に息子が人間の女性と結ばれて子を成したとしても、その子は既にシャルロットではない。現在、自分が慈しんでいるあの愛らしい少女は、この世に存在しなくなるのだ。
 ありえない『もしも』を今更妄想するなんて、どうかしている。
 そう思いながら司祭は、日だまりの中で際立っている孫娘の青い衣装や、甲高く愛らしいその声を、ぼんやりと感じていた。
 己の前で展開されている天国のような光景と、日差しの届かない扉の内側に佇む己の姿を意識しながら、ふいに苦笑がもれる。
 『光の司祭』が、光を羨みながら影の中に佇むなど…。
 ふぅ、と息をつくと、司祭はまた屋の内へと戻っていった。
 扉は再び、鈍い音を立てながら光を閉ざした。


 再び机の前に座ると、司祭は瞳を閉じた。
 最近、世界に満ちているマナの力が微かながら弱くなってきたようだ。
 最初は己の老化のせいでマナを以前ほど感じとることができなくなったのだと思っていたが、そうではないらしい。
 己以外の者はまだ誰も気づいていない、このゆるやかなマナの減少が何を意味するのか。
 その仮説の根源を突き詰めるよりも、マナの減少によって引き起こされるであろう世界の混乱へと司祭の思考は飛んでいってしまう。
 己が逝ってしまった後、世界に異変でも起こったならば、残された者達はどうなってしまうであろうか。
(ワシの寿命は、もうあまり残されていない。ワシは長い人生の中で、さまざまなものに生かされ、よく生きることができた。だから、悔いはない)
 死は、恐怖ではなかった。死とは、女神の御元に召されることであり、救いであるからだ。
 愛息子に再びまみえることを思えば、むしろ、贖罪の時が近づいているのだと身を正すことができた。
(だが…世界に、うっすらと広がる影は、一体…)
 マナの樹が枯れるなどという恐ろしい仮説は思い浮かべられなかったものの、それでも司祭は、ここ最近のマナのバランスの変化は、潮の満ち引きのように通常あり得る範囲の変化とは異なるものだということを本能的に感じとっていた。
(…うがち過ぎじゃろう。ワシは、ついつい悪い方へと考えてしまいがちだ)
 闇に、身を沈めてはならない。そう、かつてこの神殿から追放されてしまった『闇の司祭』のように。
(ワシには、『光の司祭』として、そして両親を亡くしたあの子の祖父として、この命が果てるまで世界と人々の心を支える義務が、ある)
 そう腹を括ると、司祭は顔を上げて、虚空を鋭く見すえた。
 窓からもれる日差しにいぶしだされた埃が、ちらちらとまたたきながら、その視線の先で舞っていた。
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* 黒影(ブロスコミックス5巻)
 その時、世界が揺れた。

 痛みが、蝕まれた聖木と母の身体を襲う。
 思わずしかめたその表情を、少女がすかさず捕らえた。
「母さま?」
 その心配そうな声音に、母は眉間を開いて応える。
「ちょっと、問題が起きている。
 ……トトが集めたアーティファクトに攻撃を加えている者が、いる。
 この地震も、そのせいだ」
 兄妹の顔に驚愕の色が走る。
「母さま! 私が行ってきます」
 しかし、母はゆるやかに首を横に振った。
「いや。──トト。今の状況が飲み込めたなら、『彼』を止めにいってほしい」
 記憶にない母の顔を見入っている少年の瞳が、意志の色を映してきらめいた。
 母のことも妹のことも記憶になく、そして『彼』のことも知らない少年は、大きくうなずいて言い放った。
「四の五の言ってる場合じゃないんだろう? どこだよ、そいつは?」

 行ってしまった兄を不満そうに見送っている少女に、母は声をかけた。
「イム。これは、トトの問題なのだよ」
「え?」
 驚いて母をふり仰ぐ少女に、母は平静を装って言葉を継ぐ。
「トトが、自分で摘み取らねばならぬ、芽」
 それを聞いた少女は、自分がまたもや選ばれなかった悔しさが薄らぐのを感じた。
(なんだか知らないけれど、とにかくあいつの不始末なのね)
 そんな娘の表情を見守りながら、母は世界を壊そうとする意志から響いてくる痛みを、ただこらえていた。
 そう、これはトトが生み出したもの。
 アーティファクトを壊すことで世界を消し去ろうとしている『彼』は、トトの精神から分離してしまった、いわば『もう一人のトト』である。
 母は、その存在をよく知っている。
 なぜなら、自分が『もう一人のトト』を生み出す引き金であったから。

 マナの木を蝕んでいる毒は人間自身の闇だとトトに説明した時に、『彼』は生じた。
 トトの心に芽生えた、人間への不審。
 それがトトから分離して一人歩きを始めてしまい、今や世界を破壊しようと目論んでいる。
 言い伝えによれば、『影』は、光である女神が己の姿を知りたいと欲した時に生じたものであるという。
 光がある以上、闇もまた存在する。
 闇を、悪の一言で斬って捨てるのはたやすい。
 けれど、己の形を知ろうと欲した女神の気持ちは、果たして悪であっただろうか。
 マナの木を蝕んでいる人間達を疎んでしまった幼いトトの思いは、悪であろうか。
 断罪してしまってよい闇などというものは、実際にはそうそうないのだ。
 今、世界を壊そうとしている『彼』は、蝕まれたマナの木を思うトトの純粋な気持ちから生じた。
 その闇を真に浄化できるのは、生み出したトトだけである。
 マナの木が世界をゆるし、支え続けていることの意味を学んできたであろうトトなら、己が生み出した闇の意味を知り、そしてそれをゆるし、乗り越えられるはずである。
 たった今、マナの木を通して伝わってくる、内臓を直撃されたような痛みも、息子の愛から生じたものであることを彼女は誰よりも知っている。
 だから、母はただ静かにトトの帰還を待つ。
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* 一歩(聖剣伝説3)
 ようやく塔の頂上にたどり着いた三人を、月光が優しく照らし出す。
 眼下に広がる絶景を、しかし三人が楽しむゆとりはなかった。
 腹の底に響いてくるような地響きが、ゆっくりとだが確実に近付いてくる。
 地響きが一つ起こるたびに、足場が微かに揺れた。

 三人は既に、臨戦体勢に入っている。
 濃密な静寂の中、微かな息づかいやざわめきが、それぞれの肌をピリピリと撫で上げてゆく。

 緊張の糸がはち切れそうになった瞬間に、それは来た。
 塔の縁を唐突にわしづかみにした手は、片手だけでアンジェラ達をわしづかみにできそうなほど大きく、凶暴だった。
 が、三人の目を奪ったのはその手ではなかった。
 辺り一帯に大きな陰を落とし、三人の視野から夜空を遮ったのは、純白の剛毛で柔らかな月光を弾き返し、凶暴な牙をむき出しにした、猛々しく神々しい生き物だった。
(……でかい)
 大きさではない。その存在感だけで、アンジェラは自分が押しつぶされそうになってしまうのを感じた。
 ロッドを握る手から、力が抜けそうになる。
 恐さよりも怖れが先に立つ。

 かつて、こんな怖れを感じたことがあった。
 いつだっただろう。ずいぶんと昔のことのようだ。
 …そうだ、『お母様』。
 一歩、国の外に出れば、そこは凍え死にそうな雪原が広がっている。
 軽快な薄着でいられるこの国の暖かさはすなわち、冬将軍をも弾き返してしまう、女王の魔力の大きさなのだ。
 その魔力のすごさを実感した時、気が遠くなりそうだった。
 魔法が苦手、とか、そんなレベルの話ではない。
 この先、苦手な魔法がいくばくか上達したところで、自分はこの巨大な力の足元にも及ばない。
 自分の悔しさやみじめさなど超越しているその力に、我知らずひれ伏しそうになった。
 求めていいのは、母のぬくもりなどではない。
 この人は、常に自分の手の届かない高みで燦然と輝く存在なのだ。
 ──それ以来、甘えたいという思いは心の奥底に押し込めてしまった。
 娘として抱きとめてもらえなくともよい。せめて、後継者として認めてもらいたい。
 ぽっかりと空いた胸の穴に気づかないふりを、いつしかするようになっていた。

 手の中からずり落ちそうになったロッドを、ぎゅっと握りしめる。
 己の無力さを噛みしめながら、暖かで安全な場所でただみじめに佇むしかなかったあの頃とは違う。
 今、自分には戦う力がある。
 まだちっぽけだけど、あの偉大なる女王へ近づくための、これが一歩なのだ。
(ここで踏ん張れなきゃ、私はお母様に見捨てられたままだ)
 そして今、自分は独りではない。
「最初から全力でいきましょう」
 アマゾネスの澄んだ瞳が、りんと鋭いきらめきを放つ。
「回復はまかせるでちよ!」
 クレリックの頬が、赤く高揚している。
「…じゃあ、行くわよ!」
 紫の髪の少女が高々とかざしたロッドの先端が、月光をはね返して、きらりと光った。
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