拠点

《祈り》

 ふいに、気づいてしまった。
 なんで気づいてしまったんだろう…?
 あたしは、こんなに弱くなかったはずよ。
 どんなにのけ者にされてもへこたれなかったし、旅先でいろんな出来事にでくわして、少々のことではびくともしないぐらいに心も鍛えられたはずだった。
 キーファが抜けた時だって、こんなにぐらつかなかった。
 なのに今、とっくに決着がついていると思っていたキーファの離脱のことを思い出したりして心が揺れている。
 ずっと頼りないこの落ち着かない感じは、認めたくはない…認めたくはないけれど、あの馬鹿がいないせいよ。
 ああ、なんでこうなってしまったんだろう?
 いつだって頼りないのはアルスで、あたしがいなきゃだめな子だったのに。
 いつの間に、あたしはこんなにアルスに寄りかかっていたのだろう。
 ボルカノおじさまが「大丈夫ですよ」とあたしに微笑んでくれるよりも多分、アルスがへどもどと「大丈夫だよ」と言ってくれる方が、あたしは安心できる。
 胸があったかくなるというよりは、心の糸を思う存分緩められるのだ…アルスといると。
 あたしが、あたしでいられるのだ。

 故郷を遠く離れて大活躍していたつもりだったのに、パパの危篤にこんなにも揺らぎ、そしてアルスがいないだけでこんなに落ち着かない自分がいる。
 この退屈な村から遠ざかっていたつもりだったのに、パパやママとの距離は本当はちっとも変わっていなくて、そしてそばにはいつもアルスがいた。
 居場所があるということの意味をつくづくとかみしめる。
 アルスは、あたしとこの村を繋ぐかすがいみたいなものだったのだ。多分。
 そして、あちこちの城や町、村の誰も知らないあたしの活躍も、アルスだけは全て知っている。
 あたしのしたことを認めてくれる人がいる、それがこんなにもあたしの支えになっていたのだ。
 ずっと一緒ではなかったけれど、キーファも、ガボも、メルビンも。
 みんな、しょうもないやつらばかりだけど、でも同じ場面に出くわし、同じ思いを共有したことがこんなにもたしかな絆になっている。
 生まれた時からずっと同じ村にいる人達と同じくらい…ううん、多分それ以上に信頼できる仲間だ。
 なんだか、不思議。
 一緒に旅をしてただけなのに、いろいろ起こる出来事を一緒に解決していただけなのに、それだけでこんなにも無条件に心を許せるようになっているなんて。
 この窓から見える星空は変わらないはずなのに、あたしの中ではいろいろと変わっていて、でもやっぱり変わらないものもあって。
 …大丈夫。パパも大丈夫よ、きっと。
 あの星の仲間入りをするには、早すぎる。
 それに、あいつも別れ際に言ったもの…「きっと、大丈夫だよ」って。
 もし嘘だったら、鞭でしばいてやるんだから。
 そうよ。こんなことでへこたれているのは、あたしらしくないわ。
 このマリベル様はいつだって、自分の望みは自力でもぎとってきたんだから。
 パパも、治してみせる。
 あたしがまた家を出ても倒れないぐらいに回復してもらわなきゃね。


 …ごめん、パパ、ママ。心配をかけちゃっているのは自分でもよくわかっている。
 実際、今までの旅で死ぬかもと思ったことも一度や二度じゃないし、けっこう危ない橋も渡ってきた。
 そんなことを言ったらまた倒れちゃうかもしれないから内緒だけど。
 でも、今まで生きてきた中でいちばん充実していたの。
 ずっと憧れていた出航船に乗るよりもずっと、ずっと愉快だった。
 生きているんだ、と強く感じられた。
 仲間はみんな、大きな目標に向かって突き進んでいて、その軌道にあたしも乗っていることがとても誇らしかった。
 出航から戻った漁師達の笑顔の意味が、ようやくわかった。
 でかいことをやり遂げるという醍醐味を知ってしまった以上、もう退屈な生活には戻れない。
 だから、あたしはまたいつか旅に出る。
 パパやママに止められそうになったら、笑ってこう言うわ。
「大丈夫。きっと、ご先祖様があの夜空から見守ってくれるわ。
 漁師達の帰港先がここなら、あたしの戻る先もここよ」
 そう。あたしは星に導かれて、ここを離れてもまたこの村へ戻ってくる。
 アルスがどんなに変わってもやっぱり鈍なアルスのままであるように。

 ふと、窓の外を見上げると、夜空は相変わらず星がぎらぎらと輝いていた。
 アルス。どうしているだろう。
 みんな、無事だろうか。
 今だけは星に祈ろう。

 みんな、無事でいますように。
 …あたしが出向くまで、みんなくたばるんじゃないわよ。いいこと?
 またそっちへ行くからそれまで踏ん張るのよ。
 勝手にくたばったら、許さないんだから。本当に。

 end

実際のマリベルはもっとカラッとしていると思うのですが、
私の手にかかると、こんなにぐだぐだ考え込む子になってしまいます。
けれど、私が大好きなのは、あの歯切れのよい、小気味よく毒舌を放つマリベルなのです。
信じてもらえないかもしれませんが。

マリベルも、実際は悩んだり立ち止まったりすることもあると思います。
けれど、結果として表に出すのは威勢のよい啖呵だったり、時にてらいのない優しい言葉だったりします。
その子どもらしい魂が見せる素直さ、率直さが、大好きです。
大人になってもそのままでいてほしい、とつい願ってしまいます。

[ | 文机 ]