或るエピローグ

《風》

「もう少し言えばですね、…」
 ハッとして、彼女は目線を上げる。
「後悔するようなことはするな、ということですね」
「………」
「『その人』は、万が一過去をやり直せるとしたら、違う道を選んだと思いますか?」
「………………いいえ。やっぱり、同じことをするわね」
 胸が焦げるような痛みを抱えながら、きっぱりと、彼女は言った。
「なら、もう答えは出ていますね」
「………」
 今はまだ、そう簡単には割り切れない。でも、珠魅族は新たな道を歩み始めた。
 自分はもう、あそこへは戻れない。でも、何かを見つけたい…。まだあるのだろうか、私なぞに出来ることが…。
 一度、二つとない命を捨てた。彼らは、拾い上げてくれた……こんな命を。
「……入れ直しましょうか?」
 またもや、ハッとする。喧騒が、ふいによみがえる。目の前のグラスの氷はとうに溶け切っており、水滴がグラスの底で水たまりの輪をつくっていた。
「……いえ、いただくわ」
 そのお酒は、今まで飲んだ中でいちばん水っぽく、ぬるく、そしていちばん、おいしかった。
 心の中を、風が吹き抜けてゆく。細い細い、でも優しい風が。


 同じ空の下、彼女に思いを馳せる者達がいた。
(……きっと、どこかで生きてるさ。いつか…)
(…ここは、わたしたちみんなのおうち。だから、帰ってくるわ……)
(アレクサンドル、みな、戻ってきました……あなたも…)
(…アレク、私には三つの探し物がある。我が友よ、お前がその一つだ…)

 END

珠魅族にとって喜びであるこの結末は、彼女の胸に大きな影を落としました。
必要なのは、疑うことではなく、憎むことではなく、信じることだった。

けれど、蛍姫をさらって珠魅の核を狩り続けることが、
その時彼女に選択し得た最善の策だったのです。
真に重要なのは結果ではなく、何を求めたか、何をなそうと努めたかということであります。
彼女が憎んだのは、珠魅一族そのものではなく、珠魅の中にある醜さだけだった。
だから、彼女の核も煌めきを未だ失っておらず、未来は彼女の前に広がっているのです。

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