或る逃避行

《悪魔》

「じゃあ、俺は俺のままでいいんだな?
 俺がすること、したいことを誰も邪魔する権利はないんだな!?」
 挑戦的な少年の眼差しを穏やかに受け止めてガイアは答える。
〈権利というものも、存在しない。自由があるだけだ。〉
「じゃあ、なぜあいつらは、俺が悪魔の血を引いているというだけで、寺院への出入りを禁じる!?
 悪魔だと、修行者に近づいてはいけないのか? 俺が惑わすだと? 俺が、何をした?
 寺院、ライオット家、ハロ家…リクロット四世の偉業? くそくらえだ!」
 それを聞いていた少女は、辛そうに目を伏せる。
〈あなたがそう思ったのならば、それがすなわち答えだ。〉
「……俺はやりたいようにやるだけだ。今までも、これからも。
 俺は、悪魔。人間じゃない。断じて、あいつらなんかと同じ人間じゃない…!」
「……アーウィン…」
 しかし、少年は少女の方を見向きもしなかった。いや、できなかったというべきか。
 その時、少年の鋭敏な聴覚は、聞き慣れた声をとらえた。
「…エスカデか。マチルダ、行くぞ。
 やはり、鉱山がいいだろう、俺は夜目が効くしな」
「ええ…」
〈また、いつでもおいで、子供達。〉
「ありがとうございました、ガイア様…」
 岩の掌が地上に下ろされるや否や、二人はまた駆け出した。
 彼らの未来に向かって。

 己の自由を貫くために。

Fin

この二人は、耐えるべきものから逃げ出したわけではなく、
不自由な子供なりの自己主張として寺院を飛び出したのでしょう。
同じ痛みを分かち合う二人の逃避行は、結果はどうあれ、
彼らの未来を紡いでゆこうとする前向きな行為に他ならない。
そう思います。

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