或る逃避行

《自由》

〈あなたは、既に答えを持っている。〉
「……」
 一瞬、言葉を詰まらせた少女だったが、少しだけ考えてからまた尋ねる。
「……悟りを開くのは、結局は自分自身のためです。他の人のためではありません。
 それに、私は、司祭になりたいと願って生まれたわけではありません…。
 どうすればよいのですか? 私は、司祭にはなりたくないのです…」
〈あなたは、自由だ。既に。〉
「……え? でも、次期司祭候補は私しかいないのです…。
 そもそも、ガトの寺院に何ができるのでしょうか?
 女性のみを受け入れ、各々の悟りを開くよう導き、そして結局、何が成し遂げられるというのでしょうか?
 なぜ、司祭が必要なのでしょうか? 矛盾だらけと思うのは、罪でしょうか…?」
 ハロ家の司祭候補としてあるまじき考えを、少女は次々にぶちまけている。ハロ家や寺院の者達が聞いたならば、青ざめたことであろう。
〈罪というものは、存在しない。罪を造り出すのは、自身の心。
 人は、他の存在によって縛られることはない。
 人を縛ることができるのは、ただ一つ、その人自身の心のみ。
 あなたは、どこまでもあなただ。〉
「これが、私……。」
 少女はしばし考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「ガイア様のお話、私にはよく理解できませんでしたが、私は私のままでよいということですね?」
〈その通りだ。いや、それ以外ではあり得ない。〉
 ガイアがそう答えた時、今まで黙って見守っていた少年がふいに口をはさんだ。

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