零れた、掌中の珠

《溶暗》

 真珠。
 真珠。
 おずおずと差し出された小さな手。
 頬を染めて笑みを浮かべる、そのまなざし。
 ふわりと揺れる髪から漂った、あの香り。
 無心に眠るその寝顔に、心の底から愛しさを覚えた。
 オレが守るから。
 誰からも、何からも守る。
 だから、行くな。
 オレを置いて、行くな。

 みんな、オレの手から零れ落ちてゆく。
 目の前で消えていった仲間達。
 だけど、真珠だけは。

 絶望の内にうらぶれた暗い緋色の輝きも、
 夢のような未来を思って無心に輝いていた翡翠の彩りも、
 最後には光の泡となって空に散った。
 みんな、消えていった。
 けれど、オレのかたわらには白くまろやかな煌めきがいつもあった。
 オレの心を、核を引き裂いて止まなかった仲間の末路にも、
 絶望のどん底に沈み込まずに済んだのは、
 あの鈍く光る柔らかい煌めきがあったから。
 
 オレは騎士。
 姫を守る、騎士。
 それが、オレの存在理由。
 数えることも忘れた年月の果てにようやく見つけたのは、
 黒から白へとうつろう真珠だった。
 そして、その頼りないうつろいそのままに、白い真珠はたびたび彷徨っていた。
 頼むから…頼むからどこへも行くな。
 夜の帳が降りるように、白から再び黒へとうつろう日が来るのを、
 オレはおびえつつ、なぜかはっきりと心の片隅で予感していて、
 そして今、頭の中で記憶がオレを嘲笑うようにくるくると巡っては消えていく。

 どこか遠くから、潰れたような断末魔の叫びが聞こえてくる。

「瑠璃、大丈夫か?」
 聞き覚えのある声に、我にかえる。
 顔を上げると、オレをのぞき込むアイツの背後にあの黒く気高い人がいた。
 きりっ、とオレの核がきしむ。
「真珠は…」
 どこにいる、と続けることができず、言葉を途切らせたオレに、
「真珠姫はもういない」
と声が降ってきた。
 鉄槌を全身に受けた気がした。
 核がみしり、とひび割れていく。
「君は自由だ」
 残酷な宣告は続いていく。
「ラピスの騎士よ、苦労をかけたな」
 苦労。
 何が苦労だ?
 騎士が姫を守ることを苦労というのか?
 オレは、守りたいのに。
「では、さらばだ」
 くるりと踵を返し、去ってゆく。
 真珠ではない、後ろ姿。
 何を追えばいい?
 追うべきものは、守るべきものは、この世のどこにある?
 白い輝きは黒い煌めきに吸い込まれていき、そしてオレは…




「真珠…」


 とめどない核の傷みと臓腑の抜け落ちるような虚無感の中、オレの世界は暗転した。

 白い輝きは還ってゆき、そしてオレはどこへも戻れなかった。

  世界は闇。
    白い輝きのない、闇。


       やみ。


 end

互いに互いの存在を痛いほどに欲し、
相手が離れてゆくことを互いに怖れていながら、
思いは重ならない。するりとずれていく。
そんな不器用な二人が好きです。
恋人という言葉で括れないこの二人が。

そして、黒い真珠もやはり愛おしいです。

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