惨禍

《終結》

 『砦落としのラルク』の名は、とある街に避難していた少女の耳にも届いていた。そして、その死も。
(ラルクさん…)
 少女は、自分が生き残っていることが恨めしく思われた。兄に救われ、兵士に救われ、二重に救われてたまたま生き延びただけの命。そして、自分を救ってくれた人達は次々に逝ってしまった。

 しかし、結局は一年も経たない内に、戦争は終結した。もともと、恐怖政治による支配に国民の不満や怒りが高まっており、内戦が勃発したのだ。そして、ルーヴランドに対するやり口を見て不安を募らせた近辺諸国が、一致団結して帝国を潰しにかかったのだ。
 内外から攻めたてられた帝国は、脆かった。こうして、何百年にも亘る帝国の歴史は、あっけなく幕を閉じた。
 もはや、皇帝が何のためにこんなことをしでかしたのかを知る者はほとんどいなかった。彼を狂わせたのは転生の秘術か、はたまた知恵のドラゴンが持つという伝説の石に秘められた不死の力か、皇帝自身にも判然としなかったことであろう。

 その後も『帝国無き皇帝』の悪い噂は途絶えなかったが、民達にとっては、さしあたっての暮らしの方が重要であった。
 『砦落としのラルク』とその姉、シエラは、既に伝説になりつつあった。かたや、悲劇の英雄として、かたや、皇帝暗殺寸前までいった女傑として。ラルクは既に死んでおり、また、シエラは戦争終結後に、「私には返さなければならない恩義があるのです」と言い残して国から去ってしまっていたのだ。
 もはや、この姉弟は、民達からは遠い存在になってしまっていた。英雄として、また、この国にはもはや存在しない人間として。

 そんな中、セタ村の復興も、少しずつではあるが進みつつあった。その中には、あの少女の姿も見られた。
 彼女の心の中では、ラルクは英雄であると同時に、どこか兄に似た、暖かい血肉をそなえた生身の人間として息づいていた。時間が経っても、彼女の中では、ラルクは伝説の人として風化することはなかった。彼女の家族がいつまでも心の中で息づいているのと同様に。
 戦争が彼女の心に残した傷跡はあまりに深かったが、少しずつ、彼女は前進し始めていた。未来に向けて。

 その後、ラルクが再び地上に姿を現わすまでには百二十年もの歳月が必要であった。そして、その時既に、生きていた頃のラルクを知るものは、この地上からはいなくなっていた――二人を除いては。
 一人は、堕落した『帝国無き皇帝』──不死皇帝──、もう一人は彼の姉、シエラであった。この姉弟の再会は、また別の物語で語られるであろう。マナの英雄の伝説とともに。

Fin

この作品のテーマは冒頭の《語り部》で既に示していますが、
名も無き民と戦争の悲惨さです。
だから、この話の少女はできれば名無しにしたかったのですが、
名前無しで書き切る技量が私にはありませんでした。

ゲーム中のラルクは、主人公との出会いやその後の行動のせいで印象が悪くなりがちですが、
生前の彼は、優しさや温かさも持ち合わせていたのではないかと夢想したりしています。

[ | 文机 ]