彼女が笑う日

《途絶えた歌声》

 そう。彼女の歌声は宝物よ。この世界の財産よ。だって、すごいもの。
 なのに。
 どっかのバカが彼女の歌に聴き惚れて船ごと沈んだというだけで、彼女は歌うのをやめてしまった。
「人の命を奪ってしまったの…」と言って。
 じょおっ…だんじゃないわよ!?
 最初、あまりの怒りに、声が出なかった。
 また出た。彼女の悪いクセ。
 最初の出会いの時にもいくら言っても謝るのをやめなかった彼女は、弱々しいようで実は頑固者なんだわ。
 でなきゃ、こんなに脅したりすかしたりしても歌わないことの説明がつかないもの。
 だんだんしぼんでくる、彼女の翼の花。
 見ていられなくて、海の底やら浜辺やらから必至に花を探してきて、彼女の翼に植え足した。
 けれど、花はいつかしぼむ。そして、彼女は歌わないから翼の花はどんどんしぼみ続けた。
 あたしのじたばたぶりを見たリュミヌーから、
「エレのことなのに、あなたの方が本人よりも悔しがっているのね」
と茶化されたりもした。
 この幼なじみの鳥乙女の説得にもエレは頑として歌うことを拒んだ。
 態度は弱々しかったけど、決して首を縦に振らない。エレは。
 仕方ないから、あたしは花を集め続けている。

 いつかは。いつかは歌う日が来るかもしれない。
 だめよ、エレ。あんなにすごい歌声を捨てるなんて犯罪よ。
 あんなに嬉しそうだったのに。あんなに生き生きと歌っていたのに。

 弱々しくたたずんでいる彼女を見るたびに、あたしは胸がぎりぎりと思いきりしぼられる。
 あの歌声が聴けない。そして、彼女は二度と笑わない。
 胸がしぼられる痛みで涙が出そうになって、エレが泣いてないのにあたしが泣くなんて腹立たしくて、泣くまいとしてエレに怒鳴りつけてしまう。
 違うのに。たしかに「バカ」って思っているけど、でも違うのに。
 口をついて出るのは「バッカじゃないの!?」という言葉ばかり。

 ああ、どうしたら。どうしたら彼女を笑わせられるんだろう。また自由に歌わせられるんだろう。

 そして今日もあたしは海や浜辺を所在なくさまよう。
 最近行くようになったポルポタは陽気ではずむような雰囲気のある港町だけど、そこにいてもあたしの心は晴れない。
 花のおじさんにエレの歌真似を聞かせたり、尾ひれでぴちゃぴちゃ水面を叩いたりしてぼんやりすることが多い。
 なんだか幽霊騒ぎとかで最近ざわざわしているけど、あたしに言わせれば、ユーレイが出ることなんかよりもエレが歌わないことの方が一大事だわね。
 みんな、バカよ。

 ぴちゃんとまた、水面を尾ひれで叩く。
 水は、ずっと同じ形ではいられない。同じ場所には留まらない。
 …エレも、いつかは動き出してくれるんだろうか。

 ふいに影が落ちたのに気づいて見上げると、そこには二本足の人間が立っていた。
 若い女の子。目がキラキラとしていて、何気ない動作も軽やかで生き生きとしている。
 なんだか、生気のオーラをまとっているような人だった。
 ふと、エレにもこの人のほんの一部でも元気をあげられたら、と思った。
「あのね、そこのお店の花人さんに聞いたんだけど、あなた、歌がうまいんだって?」
 人なつこく話しかけてくる。
 エレの方がうまいのに。そう思ったけれど、とりあえず歌を聴かせた。
 そしたら、
「うわぁ〜、きれい…! うまいのね〜」
と満面の笑みで称えてくれるものだから、つい
「エレの方がうまいわよ」
と、つーんとそっぽを向いてしまった。
「エレ?」
と彼女が尋ねるから、胸にたまっていたうっぷんを払うように、全部この人に話してしまった。

 そして、この人がエレに再び空を飛ぶための心の翼を与えてくれることになる。
 エレを縛り付けていた心の鎖をこの人が断ち切ってくれるのは、まだしばらく先の話。


  エレの歌声が世界を満たす日が、またいつか来るのだ。
  そして彼女は笑う。お日さまのように、花のように。


 end

憧れは嫉妬に移ろいやすい。
けれど、フラメシュのそれはドロドロとしておらず、
見ていてかわいらしさを覚えます。
それはきっと、彼女がエレのことを嫉妬する以上に
友人として大切に思っているから。

考え方が異なりながらも、それぞれが相手のことを大切にしている、
この三人娘が大好きです。

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