それぞれの輝き
《光明》
意味がよくわからず、ポキールを見上げていると、彼はその指先を私の心臓へと向けた。
「彼らの思いは既に、君の中に刻み込まれている。
君が今流している涙は誰のためだい?
彼らの行く末を、歴史書ではなくその目で直に見届け、その耳でしかと聞き届けた君がいる限り、彼らが消えてしまうことはない」
指差された心臓を、そっと押さえる。
優しい賢人の言葉に甘えてしまいそうになる。
この人がお世辞や口先だけの言葉を語らないのはわかっている。
だけど、今の私にはあまりに甘過ぎて、優し過ぎて、逆にすがることができない。
「…私の中に残っているのは、後悔ばかりよ。結局、何もできなかった…」
「だけど、彼らは皆自由だった。もちろん、君もね」
とすかさずポキールが言葉を紡いだ。
「守りたいものや大切なものは、人それぞれだ。
それを抱え続けようとすることが罪ならば、生きることそのものが許されないということになってしまう。
君はもうわかっているはずだ。彼らがそれぞれ何を貫こうとしていたのかをね。
自由というものは誰にも奪えないし、己を偽って曲げようとした時点で、その人はシャドール候補になってしまう。
この四人の中で自分を歪めた者は誰一人としていない。
皆、シャドールの闇に捕われることなく新生への道を歩むだろう。
彼らの衝突を嘆いてはいけないよ。偽りの平和の中で偽りの笑みを浮かべて過ごすには、彼らはあまりにまっすぐだった。
その自由への渇望を誉め讃えこそすれ、残念がるのはお門違いというものさ」
ポキールの言葉は、混乱状態の私の頭では理解しきれなかったが、それでも私の心に何かが染み通っていった。
「…彼らは、不幸ではなかったのね…?」
「自由を貫けないことを不幸と呼ぶなら、まさしくその通りだね」
もし、志半ばにして斃れたあの三人に会って尋ねることができたなら、なんと言うだろう。
悲願を達成できずになぜ不幸じゃないといえるのか、と彼らに反論を受けそうだ。
けれど、私の胸の中に彼らは強烈に焼きついていて、そしてその生きざまは今ふり返るとある種の輝きを放っていた。
その言葉一つ一つも、武器の一振りにすら、彼らは全身全霊をかけていた。迷い、とまどい、悩みながらよろよろと進んでいた私には真似のできない生きざまがそこにある。
あのダナエですら、迷いの中にも彼女なりの確固たる意志があり、ついには幼なじみにヌンチャクをふりかざしたのだ。
二人のどちらかを選べなかった私の優柔不断を責める彼女の言葉は私の胸に突き刺さったままだ。
その言葉を受け止めて生きていかなければ、死なせてしまった彼女に申しわけが立たない。
そして、エスカデは「英雄になれ」と言い残した。
悪魔を倒して世界を救うことが英雄の業だとしたら、それはなんと空しいのだろう。
けれど、エスカデは文字どおりそれに命をかけていた。
「未来は俺が作る」と最後にマチルダに残した言葉が哀しく甦る。
エスカデにとっての英雄とはなにか、また未来とはどんなものか、今となっては知る術もない。
わかるのは、彼がそれにかけた情熱だけ。
今際の言葉が私に託した期待だったことが、改めて重くのしかかってくる。
英雄になんてなれるわけもないけれど、アーウィンとルシェイメアを滅ぼしたことで彼が少しでも浮かばれるといい。心底そう思う。
そう、アーウィンも私が倒したのだった。
静かに人間を醜いと語ったその口調が、却って説得の余地のなさを実感させた。
彼なりに『人間は醜い』と悟ってしまったのだろう。例え賢人でも説得できなかったに違いない。
けれど、世界を滅ぼされたら私の大切な人までが死んでしまう。世界を救うなんてそんな大義名分は必要ない、我が家の双子の笑顔を守るためだけでも私は武器を取るだろう。
そうだ、アーウィンを倒したことは後悔してはいけないのだ。
あの時思ったではないか。『この手を罪に染めてもかまわない』と。
なのに、マチルダに対して後ろめたい気持ちを持ってしまったのは、私の弱さなのだろう。
つくづく、自分という人間のいい加減さや情けなさが鼻に付く。
「光は見えたかい?」
と唐突に言われてはっと我に返る。
見ると、賢人は変わらぬ笑みを浮かべて私を見つめていた。
なんでもお見通しなのだろう。この人には詭弁もポーカーフェイスも何も効かないに違いない。
「ポキール、私がいつか死んで奈落でマチルダに会ったら、私がアーウィンに手を下したと言うわ」
そう、あの後ろめたさを払い、それを乗り越えるために。
何よりも、私が私自身を愛していられるように。
「奈落にいるとは限らないさ」
と言うポキールの言葉に一瞬混乱したが、さっきの彼の語りを思い出して、
「じゃあ、生まれ変わってまた地上に出てくるかもしれないのね?」
と尋ねる。
「それはいずれわかるだろう」
と軽くかわされてしまったが、にわかに私の心は軽くなっていった。
もう、お婆さんの姿で苦しまずにすむのだ、彼女は。
今度は司祭ではなく、彼女の望むものに生まれ変われるのだろうか。
来世でも彼女はアーウィンと結ばれることを望むのだろうか。
いろいろと想像をめぐらしていると、
「君が四人に惜しみなくそそいだ愛は、やがて世界を潤す雫となるだろう。
愛に満たされ、愛に気づいた人々の愛を君がその愛で紡いでいき、そしてもうすぐ世界は変わる」
とまたポキールが唐突に語り出した。
「…私、そんなご大層なもんじゃないわよ」
いくらなんでも買いかぶり過ぎというものだ。
「家に帰ればわかるさ」
と意味ありげな言葉を残して、賢人はふいに姿を消してしまった。
家…そういえば、いい加減戻らないと。
あの双子もさぞかし気をもんでいることだろう。
いろいろありすぎて、まだ今回のことを考えるには頭の中が混乱し過ぎていたが、とりあえず一歩を踏み出した。
我が家へと向けて。
私はきっと忘れないだろう、あの四人のことを。
私の中で輝き続ける魂の形が、四つある。
Fin
四人の衝突と死は、この時代に生まれたための不幸な出来事だったとしても、
必ずしも彼ら自身が不幸だったということにはなりません。
愛する人や平和な暮らしよりも己の内なる欲求を選択する…自由とは、なんと重いのでしょう。