或るプロローグ

《黒穴力》

 男の話が終わると、王はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「要は、その姫君の核を癒してやりたいと、そういうことなのだな?」
「ええ。しかし姫ご本人しか、涙は流せない…もはや、伝説のマナ・ストーンを探すしか方法はないのです…」
「……手段を選ばなければ、方法がないでもないのだが…」
 その言葉に、男の心がざわめく。
「……なんでしょうか、その方法というのは…?」
「先程も言った、珠魅の核から出ているマナの波動を利用するのだ」
「私の、私の核の波動でよければいくらでも……!」
「いや、残念ながら、それでは足りぬのだ」
「…では、どのくらい必要なのでしょうか?」
「珠魅は泣けなくなったと言っておったな。それはおそらく、自分の生命を守るためにマナの波動を下げ、その生命力を外に漏らさぬようにしたためだ。その封印は強い。泣けないのもそのためだろう。したがって、かなり多くの核が必要となる。千個は要るだろう」
「……!」
 核…? では、生身ではなく、核そのものの波動を用いるのか。ということは……。
「必要なのは、核なのだ。この意味がおわかりかね?」
「……姫からさんざん搾り取っていった者達は、のうのうと生きている…。むしろ感謝しなければなりませんよ、姫に恩返しが出来ることを…!」
 男の瞳に、暗く強い光が宿る。
「……いいのだな、本当に?」
「ええ」
「…では、その方法を説明しよう。私が珠を造り出せることはもう言ったな? 珠というものは、まず芯があり、それを我々貝が体内に取り入れる。そして、体内を少しずつとろかし、それでもって芯を包んでゆき、形成されるものなのだ。要は、珠魅が核の一部を涙に変えて他者に注ぐのと同じ原理だな。涙が目から外に出るように、体内で形成された珠も排出できる。
 私は長年生きているうちに珠の形成を自在に行えるようになった。そして、逆に珠を体内に取り込んで我が身の一部とすることもできる。つまり、その珠の芯に力が秘められている場合、その力を引き出すことも出来るのだ」
「つまり、マナの波動を集め、集約できるということですね?」
「そうだ。しかしこの場合は、珠魅の核の外壁をとろかし、我が体内にめぐらし、そして我が涙として排出することが目的となる。それにはマナの波動が不可欠だが、根こそぎ奪うわけではないし、よって、それぞれの核の煌めきも失われはしない。ほんの少しずつ、分けてもらうだけだ。
 私は美しきものを傷つけたりはしない。我が体内という名の小宇宙で、核という名の星々は煌めき続けるのだ」
「では、私が珠魅の核を狩り集めましょう。元々、滅びてしまえと呪っていた輩、その命を断つのに何の痛痒も感じません」
「うむ…。しかし、くれぐれも核を傷つけてはならぬぞ。マナの波動は消えてゆき、その煌めきも失せてしまうからな。それに、美しきものを損なうのは私の好むところではない」
「はい、承知しました」
 そう言うと、男は空を見上げた。空はまだ、薄くもやがかかったように晴れない。しかし、彼の心の中には一筋の光明が差し込んできていた。
 姫を救える……! しかも、あの醜い者達の命でもって癒せるのだ! あの者達に思い知らせてやろう…他人を犠牲にして生き延びる己の醜さを。

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